奥の細道一人歩き 12 飯塚宿-「室の八嶋」-壬生

11日目(2019年2月7日(木))飯塚宿ー室の八嶋-壬生 さて、両毛線・思川駅から冬枯れの田園風景を左右に見ながら壬生道へ。 壬生道へ戻ると飯塚宿であるが今は宿場町の面影はない。右手に七面大明神の祠をみてしばらく行くと「飯塚の一里塚」がある。江戸…

寄り道 下野・犬伏

2019年2月7日(木) 壬生道に戻る前に、真田昌幸、信幸(信之)、幸村親子兄弟が敵味方になる話し合いが行われた犬伏・新町薬師堂へ行ってみることにする。 早朝に自宅を出て、宇都宮線、両毛線を乗り継いで佐野駅へ。 犬伏は、日光例幣使街道の宿場町で旅籠…

奥の細道 一人歩き 11 間々田宿-小山宿

10日目(2019年2月5日(火))間々田宿-小山宿 第11宿 間々田宿 (野木宿より一里二十七町(約6.7キロ) 本陣1、脇本陣1、旅籠五十三軒、宿内人口九百四十七人 (天保十四年(1843)日光道中宿村大概帳による) 間々田宿は、元和四年(1618)に宿駅となり…

奥の細道 一人歩き 10 古河宿-野木宿-間々田宿

9日目(2019年1月23日(水))古河宿-野木宿-間々田宿 第9宿 古河宿 (中田宿より一里二十町(約5.8キロ) 本陣1、脇本陣1、旅籠三十一軒、宿内人口三千八百六十五人 (天保十四年(1843)日光道中宿村大概帳による) 北条氏の滅亡後、古河城は徳川家康の…

奥の細道 一人歩き 9 栗橋宿-中田宿-古河宿

8日目(2019年1月23日(水))栗橋宿-中田宿-古河宿 宇都宮線・栗橋駅から日光街道へ戻る途中に「静御前」の墓がある。 静御前 磯禅師(いそのぜんじ)の娘として生まれた静は、6歳で父を亡くし、母と共に京へ上った後、当代随一の白拍子と称されるほどに…

奥の細道 一人歩き 8 幸手宿-栗橋宿

7日目(2019年1月22日(火))幸手宿-栗橋宿 東部日光線・幸手高野台駅から日光街道(国道4号線)に戻り先へ進む。上高野小入口の信号から旧道に入る。しばらく行くと幸手市南公民館の玄関先に上高野村道路元票が置かれている。彫られている文字が読めない…

奥の細道 一人歩き 7 杉戸宿

6日目(2019年1月4日(金))杉戸宿 前回はあまりに疲れて馬頭院からわき目もふらず東武動物公園駅にたどり着いたという感じであったため、今日は馬頭院まで戻っての再開である。 馬頭院は本尊の「馬頭観世音菩薩」とともに杉戸七福神の「大黒天」が祀られて…

奥の細道 一人歩き 6 粕壁宿-杉戸宿

5日目(2018年9月24日(土))粕壁宿-杉戸宿 第4宿 粕壁宿 (越谷宿より二里三十町(約10.0キロ) 本陣1、脇本陣1、旅籠四十五軒、宿内家数七百七十三軒、宿内人口三千七百一人 (天保十四年(1843)日光道中宿村大概帳による) 粕壁宿は古利根川の舟の便…

奥の細道 一人歩き 5 草加宿-粕壁宿

4日目(2018年9月23日(土))越谷宿-粕壁宿 第3宿 越谷宿 (草加宿より一里二十八町(約9.0キロ) 本陣1、脇本陣4、旅籠五十二軒、宿内家数千五軒、宿内人口四千六百三人 (天保十四年(1843)日光道中宿村大概帳による) ひざと腰を痛めたのと猛暑のため…

寄り道 上州・沼田

2018年9月3日(月) 猛烈な暑さと自然災害に苦しめられた今年の夏もやっとその勢いを弱めたようである。 青春18きっぷが1回分残っていたので日帰りで沼田へ行ってみることにした。 沼田・・・・豊臣秀吉の北条征伐の後、真田信之(真田昌幸の長男・幸村の兄…

奥の細道 一人歩き 4 草加宿-越谷宿

3日目(2018年4月21日(土))草加宿-越谷宿 第2宿 草加宿 (千住宿より二里八町(約8.8キロ) 本陣1、脇本陣1、旅籠六十七軒、宿内家数二千三百七十軒、宿内人口三千六百十九人 (天保十四年(1843)日光道中宿村大概帳による) - ことし元禄二とせにや…

奥の細道 一人歩き 3 千住宿-草加宿

2日目(2018年4月20日(金))千住宿-草加宿 一か月ぶりの街道歩きである。 仕事や所用でなかなか街道歩きを再開できない。この分では、岐阜・大垣に着くまで何年かかることやら。 さて浦和から上野経由で北千住に着いたのは午前9時半ごろ、旧道に戻り先へ…

奥の細道 一人歩き 2 日本橋-千住宿

1日目(2018年3月24日(土))日本橋-千住宿 お江戸日本橋七つ立ち(午前4時)とはいかないが、浦和発6時34分発の上野・東京ラインで東京へ。永代通りを歩き日本橋に着いたのは7時過ぎ。 芭蕉は、深川から千住まで船に乗り千住から日光街道を歩いたのだが…

奥の細道 一人歩き 1 深川・芭蕉庵

プロローグ 2016年5月に中山道69次、約135里(約530キロ)を踏破した後、武田信玄の隠し湯めぐりなどを楽しんでいたが、ふと「奥の細道」を歩いてみようと無謀な計画を思い立った。 -月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、…

中山道旅日記 25 山科-京・三条大橋(最終回)

34日目(5月21日(土))山科-京・三条大橋 中山道一人歩きも山科から京の道のりを残すのみとなった。 中山道69次最後の一日である。 JR草津駅から山科駅に戻り街道に出たのが午前9時過ぎ、しばらく行くと「東海道」側面に「大津札の辻まで一里半」と彫ら…

中山道旅日記 24 草津宿-大津宿

33日目(5月20日(金))草津宿-大津宿-山科 午前8時前にホテルを出て街道へ。 第68宿 草津宿・本陣2、脇本陣2、旅籠72 (日本橋より129里10町8間 約507.7キロ・守山宿より1里18町 約5.9キロ) 中山道は、草津宿で東海道と合流する。中山道の第68宿・草津宿…

中山道旅日記 23 武佐宿-守山宿-草津宿

32日目(5月19日(木))武佐宿-守山宿-草津宿 近江鉄道で近江八幡駅から武佐駅まで戻り街道へ。このあたりは桝形になっていて、桝形を抜け、近江鉄道の踏切をこえると宿外れとなりしばらく行くと「伊庭貞剛(いばさだたけ)誕生地」がある。伊庭は住友財…

中山道旅日記 22 鳥居本宿-高宮宿-愛知川宿-武佐宿

31日目(5月18日(水))鳥居本宿-高宮宿-愛知川宿-武佐宿 コンフォートホテル彦根を出て近江鉄道で鳥居本駅へ着いたのが午前8時過ぎ。 街道に戻る手前に「藤原定家を支えた里」と書かれた立て札が立っている。 「鳥居本と小野周辺は、平安時代「吉富荘」…

中山道旅日記 21 関ケ原宿-今須宿-柏原宿-醒井宿-番場宿-鳥居本宿

若宮八幡神社から街道に戻りしばらく歩くと国道21号に歩道橋が架かっている。歩道橋を渡たってさらに行くと街道の下に川が流れていて「黒血川」の説明版が立っている。 ≪黒血川≫ 「壬申の乱(672)で、ここ山中の地では両軍初の衝突が起きています。 七月初…

中山道旅日記 20 赤坂宿-垂井宿-関ケ原宿 2/2

中山道に戻ろう。 「これより中山道」の道標を過ぎてしばらく行くと野上といわれている集落になり「野上の七つ井戸」と呼ばれて旅人に親しまれていた井戸がある。説明版が添えられていて「ここ野上は、中山道垂井宿と関ケ原宿の間の宿(あいのじゅく)でした…

中山道旅日記 19 美濃・関ケ原(INTERMEDIATE)

日本史上最大のイベントといえる関ケ原の合戦は、徳川家康の「野望」と石田三成+直江兼続の「義」の戦(いくさ)であったというべきである。 しかしながら「絶対的な力」と「正義」の戦いは「絶対的な力」が勝つ。 司馬遼太郎は、小説「関ケ原」において「正…

中山道旅日記 18 赤坂宿-垂井宿-関ケ原宿 1/2

29日目(4月22日(金)) 赤坂宿-垂井宿-関ケ原宿 岐阜駅7時20分発、大垣経由で美濃赤坂へ。今日は昨日とうって変わっていい天気になった。 第56宿 赤坂宿・本陣1、脇本陣1、旅籠17 (日本橋より110里1町8間 約432.1キロ・美江寺宿より2里8町 8.7キロ) 4月2…

中山道旅日記 17 加納宿-河渡宿-美江寺宿-赤坂宿

28日目(4月21日(木)) 加納宿-河渡宿-美江寺宿-赤坂宿(コンフォートホテル岐阜) 今日は、空模様が怪しいのでコンフォートホテルに連泊することとし、空身での街道歩きである。 岐阜と言えば岐阜城が頭にうかぶが日程の関係で、岐阜城観光はまたの機…

中山道旅日記16 太田宿-鵜沼宿-加納宿

27日目(4月20日(水)) 太田宿-鵜沼宿-加納宿 今日も早立ちである。午前7時5分の電車で「坂祝駅」へ。 坂祝駅から国道に出て土手を上がって「ロマンチック街道」と呼ばれる木曽川沿いの遊歩道を歩く。大きな庚申塔が立っていて木曽川の流れや奇岩が楽し…

中山道旅日記 15 細久手宿-御嵩宿-伏見宿-太田宿

第48宿 細久手宿・本陣1、脇本陣1、旅籠24 (日本橋より92里30町8間 約364.59キロ・大湫宿より1里18町 5.89キロ) 馬頭観音から15分程行くと、「高札場跡」の碑が建てられており右手に「庚申堂」がある。境内には中に役行者像が祀られている石窟や石仏、石塔な…

中山道旅日記 14 大井宿-大湫宿-細久手宿(大黒屋)

25日目(4月18日(月)) 大井宿-大湫宿-細久手宿(大黒屋) 今日は、細久手宿まで5里、約20キロ弱の行程ということで午前7時30分の出発とする。旧道に戻り、商店街を行くと左手に「中野村庄屋の家(本酒屋)」がある。説明版が添えられており、以下のよう…

中山道旅日記13 浦和駅-恵那駅 (大井宿)

24日目(4月17日(日)) 浦和-大井宿 朝8時39分浦和駅発、隣の南浦和から武蔵野線、中央線、中央西線を経由して恵那へ。新幹線が北海道まで行き、世の中がせかせかと慌ただしく回っている昨今、これはちょっとした贅沢なことなのかもしれない。ふとそんな…

中山道旅日記 12 馬籠宿-落合宿-中津川宿-大井宿

23日目(3月26日(土))妻籠宿-落合宿-中津川宿-大井宿 「但馬屋」さんの朝食時間の関係で8時過ぎの出発となった。宿を出てしばらく行くと「車屋坂」の碑とともに「中山道・桝形」の説明版が立っている。桝形は、敵の攻撃を少しでも遅らせるために造られ…

中山道旅日記 11 妻籠宿-馬籠宿

22日目(3月25日(金))妻籠宿-馬籠宿 今日は、休養日とし妻籠から馬籠まで「馬籠峠越え」の二里(約7.8キロ)の行程を古い町並みを楽しみながらゆっくりと歩くことにする。 第42宿 妻籠宿・本陣1、脇本陣1、旅籠31 (日本橋より81里6町47間 約318.84キロ・…

中山道旅日記10 須原宿-野尻宿-三留野宿-妻籠宿

21日目(3月24日(木))須原宿-野尻宿-三留野宿-妻籠 第39宿 須原宿・本陣1、脇本陣1、旅籠35 (日本橋より75里12町24間 約295.89キロ・上松宿より3里9町 約12.8キロ) 昨日は、疲れていたので素通りしてしまったので宿場の手前まで戻り旧道を歩くことにす…